Liam Bailey (リアム・ベイリー)
Big Crown Records は、Liam Bailey にとって同レーベルからの2作目となるアルバム『Zero Grace』を発表する。2020年のアルバム『Ekundayo』の成功に続き、Bailey とプロデューサー Leon Michels(El Michels Affair)の実証済みの相性が再び存分に発揮されている。彼らは前作で築き上げたサウンドをさらに押し進めているのだ。『Zero Grace』では、Liam の傷つきやすく情熱的なシンガーソングライターとしての側面へ、より深く踏み込んでいる。その結果は、Bailey 本人と同じく、ためらいなく衝動的なまでに正直なものとなっている。
イングランドのノッティンガムで生まれ育った Liam は、イングランド人の母と、ジャマイカ系イングランド人2世の父の息子である。彼自身も認めるように、幼少期はかなり混沌としており、「80年代のイングランドで人々が混ざり合い始めた時に起きた、あらゆる典型的な人種差別」に満ちていた。Liam は母のレコード・コレクションから初期の影響を受けた。Bob Marley と Dillinger、Stevie Wonder と The Supremes、The Beatles と Jimi Hendrix。これらが、やがて現在私たちが知るシンガーソングライターとしての彼を形作っていくことになる。
時は進んで2005年、Liam はロンドンで、出演できる限りのオープンマイクやアコースティック・ナイトに立ち、レコード契約を手に入れることを目指して奮闘していた。この時期に Liam は初めて、ミュージシャン/プロデューサーとして高く評価され、ブルックリンの Big Crown Records の共同創設者でもある Michels と組むことになる。Liam はニューヨークへ飛び、彼らの最初のセッションからは、今やクラシックとなった「When Will They Learn」と「I’m Gonna Miss You」が生まれた。これらの曲は今なお世界中のレゲエ系の現場でプレイされており、David Rodigan や Don Letts といった大物たちからも支持を受けている。
その最初のニューヨーク滞在は、Liam に多くの音楽業界からの注目をもたらした。その中には、当時まさに有名になったばかりの Amy Winehouse も含まれていた。彼女は Liam がアパートで作ったローファイな録音の一つを耳にし、その音を気に入ったのだ。音質にかかわらず、Liam 独自のサウンドははっきりと輝いていた。ギターを中心にした、温かくざらついた、本物のソウルだった。やがて Liam は Polydor と契約するが、典型的なメジャー・レーベル業界の障壁にぶつかることになる。彼らにはすでに、自分たちが作り上げ、売り出し、押し出したい Liam 像があった。大きな前金という典型的な誘惑もあり、Liam はその道を信じようと最善を尽くした。「“もしかしたら、うまくやれるかもしれない” と思うんです」と Liam は振り返る。「でも、すぐにそれは無理だとわかる」。
『Zero Grace』には自由と愛が満ちている。実際、Leon Michels と Big Crown Records との仕事は、Liam が自分自身でいることを後押ししてきた。アルバムの幕開けを飾る「Holding On」で Bailey は、目の前に広がる世界を見つめる中での観察や恐れ、そして個人的な試練や苦難を乗り越えるために必要だった献身について語っている。「Dance With Me」は、初期レゲエの時代にジャマイカから生まれていた素晴らしいソウル・レコードに目配せした、すぐに耳に残るツーステップの楽曲である。Bailey は新たな愛を見つけることを願ってダンスの場へと踏み込み、私たち全員を彼と一緒にダンスフロアへと引き出す。
「Disorder Starts At Home」は、彼の混沌とした幼少期に由来する困難と、それを乗り越えるための歩みについて扱った、もう一つの胸の内に近い楽曲である。「Mercy Tree」は、レゲエ・レベル・ミュージックの力強い一曲だ。Bailey は人類を悩ませる人種間の緊張に向き合い、平等を育むために誰もが立ち上がり、それぞれの役割を果たすよう促している。不正義の宣言として始まるこの曲は、やがて行動への呼びかけとなり、希望へのインスピレーションへと変わっていく。
Bailey は、ジャンルを横断しながらも完全にまとまりを保ったアルバムをまたしても作り上げた。タイトルの『Zero Grace』は、彼の抑えのきかないエネルギーを表している。彼は自分の感情を隠さず、フィルターを通さずに思っていることを語り、自らの野心に関しては形式的なことをほとんど気にしない。彼が何かに押しとどめられることは決してない。一つ確かなのは、彼の才能はそれ自体で雄弁に語っており、このアルバムではそれが余すところなく示されているということだ。
