ときにアルバム制作が、生きるか死ぬかの瀬戸際と感じられることがある。ブリティッシュ・メタルコアのレジェンド、Architectsほどクリエイティブなバンドでは特にそうだ。しかし今度の制作過程では、彼らは究極の再生を経る必要があった。“またArchitectsの新しいアルバムを出すというだけではない。出すのは――これこそが俺たちのアルバムだと皆が口々に言うアルバムにする必要があった”フロントマンのサム・カーターは言う。メンバーのダン・サールもこれに同意して、彼らの新しいアルバム『The
Sky, The Earth & All Between』について言う。“俺たちが言いたいのは、Architectsの真髄といえるアルバムを制作しなければならないということだ――自分たちの最高の素質とあらゆる長所をかきあつめて”
11枚目のアルバム制作で自分たちにとって史上最高の音楽を届けられるバンドはほんの少数しかないが、Architectsはそれをやってのけた。Metallicaのスタジアムツアーに2年間同行したことではっきりわかったのは、この活動をずっと続けていけるということだ。それは、ティーンエイジャー数人の寄せ集めバンドとして始めたときには思いもよらなかったことだった。実際、彼らは自分たちがキャリアの真っただ中にいて、情熱を持ち続け、クリエイティビティの切れ味を維持していると自覚していた。“たぶん、まだ精彩がなくなるほど裕福じゃないってことかな”サールは冗談めかして言う。“だけど、アルバムを出すたびに、力が衰えていると思われるかもっていう怖さはある。直近2枚のアルバムでは自分たちのアイデンティティについて実験していたから、そう感じた人達もいると思う。だけど、俺たちは成長しつつあるんだ――それもあまり人が見たことがないようなやりかたでね”
過去の2枚のアルバム『For
Those That Wish To Exist』と『The Classic
Symptoms of a Broken Spirit』では新しいことを試した。これらのアルバムが高く評価され、商業的にも成功したことで、彼らはやりたいことを追求できるようになった。そして、革新によって学んだことを生かして、Architectsのこれまでの進化の頂点と思えるものを作ろうと、固く決意した。
彼らが最も愛して止まない曲「Doomsday」は、2016年に逝去したダンの兄で、Architectsのメンバーでもあるトム・サールに捧げられた。Bring
Me The Horizonの元メンバー、ジョーダン・フィッシュが書いた曲で、これによって彼らは再びコラボレートすることに興味を抱いた。フィッシュが2023年にBring
Me The Horizonを去ったとき、アーティストとしてもバンドとしてもArchitectsが真っ先に彼をプロデューサーとして迎え入れた。おかげでダン・サールはいつもの制作業務から解放されて、クリエイティビティに完全に集中することができたという。フィッシュの参加は新たなエネルギーをもたらした。“めちゃくちゃハングリーで自分の力を示したいと思っている彼と手を組むのは悪くなかった”サールは言う。
ブライトンにあるプライベートなスタジオで3週間に及ぶ作業が始まった。プレッシャーは重かったが、制作過程は――彼らがどれほど真剣かを考えるとこれは皮肉だが――ここ数年で最も楽しいものだった。イギリス的なユーモアのセンスを共有することで現場のムードは明るくなり、彼らの作品のなかで一番重い音楽のただ中にいるというのに、面白いサンプルや馬鹿らしいことを言いあう瞬間が生まれた。“何かを作って3人で笑うことがあれば、それはほぼアルバムに記録された。味も素っ気もないものを味わい深く仕上げることができてすごく楽しかったよ”サールは言う。
自分自身のことを笑い飛ばせるというのは、イギリス人的な感覚の一部だが、その性質が、残酷かつユーモラスな「Seeing
Red」をファーストシングルに選ぶことにつながった。カーターのトレードマークである“blegh”(訳注:“ブラー”というシャウト)を皮肉っぽく使う一方で、バンドのフロントマンである彼は、ジャンルという箱に閉じこめられた閉塞感や、怒りに満ちた曲を愛するファンからそういった曲を繰り返し求められることを歌詞で表現している。“「Seeing
Red」は、ファンをおちょくった曲だって感じた人が多いかもしれないけど、俺たちは同じくらい自分自身のことを楽しんだりおちょくったりしていただけ”カーターはそう明かす。
サールはアルバム制作でぶつかったバランスの問題について思い起こす。“自分たちにとって大切だからこそ真剣に考える必要はあるけど、それと同時に、真剣にとらえすぎてもいけない。境界線を厳しくしたり、もしくは増やしすぎたりすることに固執したら、それって俺たちが過去にしてきたかもしれないことだけど、音楽を殺してしまう”
結果としてできた『The Sky, The Earth & All
Between』は、堂々たるロック・アルバムだ。アグレッシブさとメロディックさと実験的サウンドとを往き来し続けながらも、まとまりのあるヴィジョンを維持している。タイトルの壮大さは野望を反映しているが、音楽はまるでたやすく作り上げたかのように感じさせ――Architectsがこれまでやってきたこと、そしてこれからなり得るものすべての要素を集約している。狂暴なシングル「Blackhole」からポップメタルの輝かしい「Everything
Ends」に至るまで、すべての楽曲において、サウンドをブレンドしようとする本能的な手段が実行されている。
レコーディングスタジオでの、仲間との友情や自由を強く求める気持ちが、歌詞においていっそう脆さを受け入れる勇気をサールに与えた。“冗談めかした曲や、自分にとってはより自然に生まれた曲もある。「Whiplash」や「Braindead」や「Judgement
Day」がそうだ。というのも、これらはどれも、大抵の人たちが一目瞭然で理解できることについて書いてある――だけど他の曲は、表裏なく痛みに満ちている”サールは言う。“俺は自分の気持ちを周りにあまり伝えないタイプだから、曲の中でそれを表現することにいつも居心地の悪さを感じるんだ。自分が言っていることが本心なのか疑問に思ったことも何度もあった。でも辛さを感じながら耳を傾けていると、すべてが納得できた”
アルバムは、雰囲気あるバラードの「Chandelier」の痛切な言葉で幕を閉じる。当初、サールは歌詞――“消えようとしてるのに嘘なんてつかない/あとひとつシャンデリアの明かりが減ったら”――を希望がなく、死んだ方がましとほのめかしていると考えた。しかし、時間が経つにつれて、人生の儚さを称えているのだと解釈し直した。“シャンデリアは人生だ。俺たちがここにいる間は称える価値がある”サールは言う。
この見方の転換は、アルバム制作中のサール自身の実存主義的な旅路を反映している。“始めたばかりのときは、奇妙で複雑な立場だった。だけど37歳を境に、自分には安らぎを見つけるチャンスもあると気がついた”サールは打ち明ける。アルバムはふさわしくも希望に満ちた曲で終わる。“人生がどれほど酷いかを年がら年中説教しているようなバンドにはなりたくないし、そういった経験から尻込みもしたくない。多くの人たちが共感しているのだから”
より暗いテーマに引きつけられがちなカーターは言い添える。“頭の中がめちゃくちゃで、俺にはムリだ、って仲間に伝えるときもあるけど、やる気があって続けて行けそうなときもある。終わりはないけど、いつだって前進はしている”
バンドはトム・サールを失った辛い喪失感を乗り越えて、それが結局はダンの言う“追悼の旅”と感じさせるパフォーマンスにつながった。カーターは夜が来るたび、カタルシスを得るためには、辛さやさらなる脆弱性にあえて近づく必要があると感じていた。結局サールが介入して、そんなことは続ける必要がないと告げた。というのも、明らかにカーターに悪影響を与えていたからだ。“俺たちをその時間の中に留まらせて、会場に着くたびに涙を流させようとする人たちもいた”と話すサールは、その後の2枚のアルバムはそれに対する反応のようなものだったと説明する。自分たち自身の反動やミュージシャンとしての複雑な感情の旅路を経験した彼らは、今ではまっさらな状態を受け入れる準備が整えた。
今こうして、切れ味のある革新と再生した渇望を携えたArchitectsは、長年の活動の中で絶頂期を迎えている。“俺たちはこれぞArchitectsというアルバムを作りあげた”カーターは宣言する。“だから俺たちはこれを押して坂道を上がっていくつもりだ。たとえそれで死にそうになったとしても”