ペンシルベニア州ランカスターは、アメリカ中に数多く存在する地方都市のひとつだ。実際、世界中に似たような街はいくらでもある。かつては産業で栄え、今はポスト・インダストリアル化が進み、住民の多くはいまだ労働者階級。そこで育つ子どもたちにとって、明るい将来が約束されているとは言いがたい環境だ。
郊外特有の退屈さ、壊れた家庭、薬物問題、限られた選択肢——だが、強烈な欲求と止められない衝動、そして「後戻りできる道はない」という覚悟があれば、こうした場所こそが本物の、心を打つ創造性を生み出す土壌にもなり得る。
平凡さと単調さの雑音を突き破り、常に強い声を持つ者は現れてきた。From Ashes To Newの創設者でありフロントマンのマット・ブランディベリーも、まさにそのひとりだ。
マットの音楽への情熱は、実に多彩な道筋をたどってきた。中学生の頃は熱心なヒップホップ・ファンとしてリリックを書き、その後ピアノやギターを習得。周囲からの「無理だ」「成功するはずがない」という否定的な声を無視しながら、音楽を追い続けた。
初期は純粋なラップに取り組んでいたが、思うような成果は出なかった。
「『お前はラッパーじゃない。白人だろ。やめて、普通の仕事に就け』って言われ続けて。最終的には、自分も9時5時の普通の会社員になるんだろうなって思っていました」
さらに状況は悪化する。
「正直に言って、これまでやってきたことの多くは失敗でした。流されて信じてしまったことも多い。野球はかなり得意だったのに、間違った選択をして台無しにしてしまった。悪い仲間とつるみ、トラブルを起こし、遊びすぎて、本来進めたかもしれない道から外れてしまったんです」
やがてマットはケーブルテレビの工事作業員として安定した仕事に就き、作詞作曲やパフォーマンスは仕事後や週末に限られるようになる。ラップからローカルのロック・バンドへと活動の場を移したものの、創作面での自由はほとんど得られなかった。
9時5時の仕事で収入は得ていたが、頭の中で鳴り響く音楽を表現する場はなかった。周囲の否定的な声はさらに大きくなり、マットは自分を見失いかける。
この行き止まりを前に、マットは気づく。
ネガティブさや悪意を乗り越える力は、自分自身の中にあるということを。自信は誰かに与えられるものではなく、自分で選ぶものだ。内なる声が、創造性を信じて前に進めと告げていた。
From Ashes To Newという「視点を持ったロック・バンド」を通じて、マットはついに自分の声を見つける。彼らの楽曲は、贖い、解放、そして個人的な救済を力強く歌い上げる。
マットは労災補償の和解金を元手に、FATNの活動を本格的に始動させた。当時は、それもまた無謀な選択に見えた。地下スタジオでの制作に人生の貯金を注ぎ込み、クオリティの高い音源を生み出すことに賭けた結果、それがやがてバンドへの注目につながっていく。
Better Noise Recordsとの契約後、複数のメンバーが脱退するという試練も訪れた。しかしそれは新たなチャンスとなり、バンドはより結束の強い形へと進化。近年では、ハードロック・バンドEmphatic出身のギタリスト、ランス・ダウドルが加入し、新たな情熱とエネルギーをもたらしている。
「今のラインナップこそが、このバンドの本当の姿です。世界中のファンの前で演奏するのが待ちきれません」とマットは語る。
ブレイクのきっかけとなった初シングル「Through It All」は、ラジオで広く支持され、数多くのツアー機会を生み出した。
「人生には、最終的に自分を変えてしまう存在が必ずいます。友人、家族、恋人……それが良かったのか悪かったのか、後になって初めて考えることも多い。失って初めて、その大切さに気づくことがほとんどなんです」
「Lost And Alone」は、現代社会で感じる孤独や絶望を描いた楽曲だ。
「何かを掴めたと思っても、それはいつも逃げていく。結局、自分の人生は自分で切り開くしかない。世界が救ってくれるのを待ってはいけない、という現実を描いています」
From Ashes To Newのメッセージは、常にリアルで、生々しく、誠実だ。彼らの音楽は、世界中の人々に向けたポジティブな証明——リスクを恐れず、予定調和の平凡な人生に甘んじなくてもいいのだというメッセージである。
「自分で自分を“普通”だと思わなければ、普通にはならない。人は、自分に言い聞かせた通りの存在になるんです」とマットは語る。
「希望がないと感じているファンに、僕はこう伝えています。『誰よりも先に、自分自身を信じなきゃいけない』って」